上岡龍太郎 引退理由は夫人の一言?現在は何をしている?ネットの反応は?

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上岡龍太郎 引退理由がネットで注目を集めています。

上岡さんが芸能界を引退してから20年が経ちます。

SNSでは、今でも上岡さんの過去の発言がよく引用されていますし、最近では兄弟漫才のミキの伯父としても知られていますよね。

2000年4月に引退したきり、芸能界に復帰することもなく現在に至ります。

そそて3月20日は上岡さん78歳の誕生日。

上岡さんが引退した理由と彼の芸能生活を振り返っていこうと思います。

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上岡龍太郎 引退理由の詳細

上岡さんは、引退する2年前から芸能界を引退すると公言していました。ですが、その日が来るまで仕事の関係者も含め、ほとんどの人が半信半疑だったそうです。

それもそのはず。上岡さんが前言撤回するのはよくあることだったのです。

意見をころころ変える上岡さんは非難されることもありましたが、その度に彼は「人間は成長するものだ」とうそぶいていました。

ですから、引退をしてもいつか芸能界に復帰するだろうと思われていたのです。

前述した通り、上岡さんが復帰することは今日までありませんでした。

芸能生活40周年の節目で引退予定だった

上岡さんの初舞台は18歳の誕生日の翌日1960年3月21日。

ロカビリーバンド「田川元祥とリズムワゴンボーイズ」付きの司会者として出演した、地元・京都での「守屋浩ショー」だでした。

そのため引退する時期も当初は芸能生活40周年の節目になる2000年3月を予定していたそうです。

しかし、大阪・松竹座から4月公演を「上岡龍太郎引退記念 かわら版 忠臣蔵」として開催したいとの申し出を受けた為ひと月のびたのです。

横山ノックとの出会い

上岡さんがバンドの司会者としてデビューしながらも、お笑いの道に進んだのは、漫才師の横山ノックさんと出会ったからだそうです。

当初は2人でコンビを組むはずでしたが、うまくツッコミができず、マネージャーの提案でツッコミを2人で担当するトリオ漫才に変更されたようです。

そして、上岡さんのバンド仲間だった轟盛次さんを引き入れ、轟さんがフック、上岡さんがパンチを名乗って「漫画トリオ」の結成に至ります。

のちにフックは2代目青芝フックに交代し、漫画トリオはリズム感とスマートさを売りにした時事風刺漫才で一世を風靡します。「パンパカパーン、今週のハイライト!」のフレーズは流行語にもなりました。

ですが、1968年に横山さんが参院選に出馬したのをきっかけに、漫画トリオは活動を休止することになります。

ここから横山パンチこと小林龍太郎(本名)は個人での活動に転じ、芸名も婿養子だった父の旧姓をとって上岡龍太郎に改めました。

「探偵!ナイトスクープ」で大ブレイク

横山さんとは1975年に関西テレビで始まったトーク番組「ノックは無用!」で共に司会者として再びコンビを組み、22年間も続く長寿番組となりました。

1987年には笑福亭鶴瓶さんと組んだ「鶴瓶 上岡パペポTV」(読売テレビ)がスタート。鶴瓶さんの話に揚げ足をとるようにツッコミを入れつつも、ときどき上岡さんもボケて逆に鶴瓶さんからツッコまれたりと、まさに2人は名コンビだったそう。

そして翌年には探偵局長を務める「探偵!ナイトスクープ」(朝日放送)も始まり、上岡さんの評判は東京にも伝わっていきます。

1990年代に入るころには、東京の民放キー局でも多くの冠番組を持つようになって、全国区のタレントとして大ブレイクしました。

引退の理由の一つは夫人の一言

後年、なぜ引退したのか改めてきかれた上岡さんは「上岡龍太郎 話芸一代」で「今となってはもう自分でも理由が分かれへんねんね」と前置きしながら、そのきっかけとなったと思われる出来事をいくつかあげています。

一つめは夫人からの一言です。

その頃、入歯で滑舌が悪くなってしまった役者がよく目についていました。

気になった上岡さんは「誰か(出演するのを)止めたげェな」と思い、「ぼくにこんなときが来たら言うてや」と夫人に言ったところ、「いま!」と返されたといいます。

二つ目は、ある舞台の出演時に控室で着替えをしていたところ、フッと誰かの後頭部が見えたこと。「え?誰、あのおじいちゃん?」と思ったら、それは鏡に映る上岡さん自身でした。

さらに三つ目、新幹線の車内で、若手のタレント2人が翌日番組で共演するというので挨拶に来たときのこと。

「明日よろしくお願いします」とお互いに言葉を交わしたものの、それから会話が続かず、上岡さんは「あ~、ほんならよろしく」と言って別れました。

このとき上岡さんは、自分が若いころのことを思い出して愕然とします。

かつて彼は、売れなくなった大物タレントから昔の自慢話を聞かされるのが、たまらなく嫌でした。それがいまや自分ももしかしたら、若いタレントからすれば自分が嫌だったあの大物と同じような存在になってきたのではないか。と思ったといいます。

結局、上岡さんに引退を決意させたのは、自分の老いだったり、テレビや芸能界での自分の立場、それらすべてを客観的に見抜いてしまう性格そのものだったのかもしれません。

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上岡龍太郎の現在

引退後の上岡さんは、アメリカから帰国して以降もゴルフのレッスンに励んだり、好きな芝居や落語家の会に自らチケットをとって通ったり、読書をしたりと、悠々自適な生活を送っているようです。

弔辞で故人の思い出をユーモアたっぷりに語って大きな話題を呼んだ、2007年の横山ノックさんの葬儀など、一部の例外を除いて表舞台に出てきたことはありません。

2013年には、作家・戸田学さんが上岡さんに取材して「上岡龍太郎 話芸一代」を著し、その芸を再評価しています。

「“隠居”のススメ」において上岡さんは、自分の半生はけっして思い通りに来たわけではない「思いも寄らない人生」だったと振り返っています。

そもそも少年時代は俳優や歌手に憧れながら、バンド付きの司会から始めたのに、実際になったのは、自分の選択肢には無かった漫才師でした。

漫画トリオの活動休止後は、テレビやラジオの司会者という、これまた思いも寄らないジャンルで活動することになりました。

苦労も努力も夢も現実も、すべてが後で考えれば、「思いも寄らぬこと」になる

と、著書で語っています。

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上岡龍太郎 引退理由 ネットの反応

上岡龍太郎さんには人を惹きつける不思議な魅力がありました。
そして引き際の潔さにも考えさせられるモノがあります
いつまでも権力にしがみつき、自己保身しか考えぬみっともない政治家たちに上岡さんの爪の垢を煎じて口ん中にぶち撒けてやりたい。
なんだかんだやはり人間性が一番大事だな。
どういう形であれ、また復帰して欲しいお一人です。

考えが変わったあとの、言い訳みたいな発言も上手いこと言いくるめられた感じがあって、嫌にならなかったし、逆に楽しませてもらった。
占い師対上岡龍太郎の奴はめっちゃ面白かった。

上岡さんが素晴らしいのは、言葉に説得力と笑いがある。80~90年代のテレビで司会しながら、必ずどこかにまじめな笑いが感じられた。番組名は忘れたが、1人の可愛い姫と交際できる権利を得るため五人の男が過酷なとんでもない関門を1つ1つ突破して行くゲームは、今でも記憶に残っている。最後、勝ち残った男性1人が、可愛い姫に簡単にふられてしまう姿は、哀れでありながら、共感もあったのでは。

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上岡龍太郎 引退理由 おわりに

一昔前に人気だった人も、気づけば老害扱いされたり・・・老いは誰にでも訪れることですが、歳を取るのは怖いです。

上岡さんの芸人、人間としての美学は本当にカッコいいなと思います。

 

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